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YUKI

JUGEMテーマ:音楽
 
”シッポを掴ませない”タイプのアーティストというのがいます。

「作詞作曲モノマネ」的な観点から言えば、これはネガティブな意味になりますが(ネタになりにくいから)、決して否定的な意味合いはありません。矛盾しますが、むしろ優れて”特徴的な特徴”とも言えるでしょう。

「WOWOWぷらすと」というUST番組をやっているんですが、ここでYUKIさんをテーマに語りました。YUKIさんは典型的にシッポを掴ませないタイプです。
一つには、彼女が作詞作曲を手がけない(作詞はやる)タイプのアーティストという要因はあります。でも、それ以上に彼女が代理店的発想というか、プロデュース感覚に優れた表現者であり、自分でオートクチュールまではしないが、人と人とを化学反応させ、キュレーションし、スタイリングする「音楽スタイリスト」タイプのアーティストだからだと思われます。男だと福山雅治さんなんかもこのタイプです。(藤井フミヤもか)。フォロワーでは木村カエラもそうでしょう。福山さんなどは、自分で作詞作曲までするのですが、音楽的特徴はありません。
「手つき」が見えないアーティストは、なかなか作詞作曲モノマネの対象たり得ないのですが、矢沢永吉さんなどは、作曲しかしないのに、パブリックのイメージと、伝説過多により不可能ではないという例外もあります。

強いて言えば、己をブランディングするのに長けた「経営者」というのが「ネタ」の肝ですかね。

「解釈」に優れた表現者というのは、分数的なミクスチャー感覚があります。「自分」という分母に対し、「批評」という分子を置く感じ。こういうタイプは、事象を素因数分解、無駄を仕分けし、編集し、成分を調節、配合するのが本当に上手なんです。
よく解らない人には、ファッションで例えるんですが、いわゆる「甘辛ファッション」的センスですかね。女の子らしいアイテムと、ハードなレザーを組み合わせる、そんな感覚です。つまり「甘辛ファッション」とは”甘い分の辛い”ってことですから。それを人や、サウンドでやってみせるのが彼らの特徴といえば特徴なのです。そういうシッポは掴めます。ただ、この感じ、ちょっと高級すぎて一般性に欠けるんですよね。

安室奈美恵さんなども、いかにも人と人とを繋げるのが上手い感じですが、彼女の場合は、彼女が芸能物としてもっと壮大な触媒というか、メディアみたいなもので、能動的なYUKIさんとは違って、受け身で、放っておいても周りがやってくる感じですね。優秀で、尖ったクリエーターが安室ちゃんを使い、オーバーグランドで少々乱暴な実験をする、というか、しても許される、彼女がそんな「入札の場」になってる。


YUKIさんはあえて言えば、北海道出身の”成り上がり”です。
欲しいものは絶対に手に入れるんです。でも、そうは感じさせません。一流ホステスはガツガツしません。客にほだされてうっかり好きとかはもちろん言わないし、客にもつけ込まれず好きとか言わせず、肝臓も痛めず、きちんと独立して信用を得る超優秀なホステス的とも言えます。そんなタイプはなかなかいません。
また「母性」や「女性性」みたいなアーティストとしての”深み問題”。これは普通の欲深い女性として、女キャリアを積み重ねていくことで得たものであって、そんなに特別な神話じゃないと思います。そりゃ生きてれば女として、哀しみも、喜びも、あるでしょうし、引き受けていくものです。大事なのはそれを編纂することが出来るかどうかですから。だから、音楽誌などで語られがちな「物語性」でそれを切り取るのは短絡的というもの。

結論を言えば、彼女は「女性の達人」です。
女性性のハードコアで言えば、思い切りルナティックで、メンヘル的なcoccoやUAみたいなネイチャー系もいます。彼女らの「自然の猛威」には圧倒されるばかりですが、それは達人とは違います。YUKIさんはネイチャー臭くない、というか、女性アーティストにとって生理臭くするのは簡単なことで、逆に言えば生理臭的なネイチャーを匂わす人はみんな表現者っぽくなってしまうんです。
達人ほど不自然体なものはありません。達人はとかく自然体みたいな語られ方をされますがそんなことはありません。”漂えど沈まず”でいられる中庸な立ち位置ほど難しいことはないのです。流されれば楽なんですから。それは、球体の上に板を置き、その上に立ってバランスをとるようなもので、真ん中でバランスをとり続けるのはとても大変なもの。そんな綱渡り的なことをし続けているのがYUKIだと思うんです。






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